2013-01-20

アサヒ・アートスクエアのオープン・スクエア・プロジェクトに応募

韓国にいる間に、いろいろなオルタナティブ・スペースのディレクターやメンバーと話して、どういう運営をしているのか聞いたりしているうちに、すごく盛り上がって、私もそれくらい自由に、アートの枠も広げてやりたい!しかも韓国のアートも紹介したい!とシャワーのお湯が一定量出た後、水になってしまうという狭い部屋で考えました。

そんな折に、アサヒ・アートスクエアがプロジェクトを公募していて、それに応募することにしました。(後日談というか、この応募は通ったのでその結果このブログがあります。)
http://asahiartsquare.org/ja/news/post/809/

韓国のオルタナティブ・スペースは、日本よりかなり数が多いです。まず韓国は家賃が安いというのが圧倒的に有利。市場は少しずつ廃れていて空き店舗なども多いのですが、そういった場所を有効利用しているスペースはいくつかありました。私が行ったなかだと、石水(ソクス)というところにあるStone & Waterや、テグにあるBangcheong marketの中にもスタジオがありました。話を聞くと、アートプロジェクトなんかを一回行うと、店舗が安く借りられたりして(一ヶ月一万円くらいとかで借りられるらしい)、そこをスタジオに改装したりしながらアーティストが徐々に住み着き、継続してプロジェクトを行っているそうです。
市場は廃れつつあるというのが寂しい話ですが、そういった隙間にアートが浸食していくのはなんとも言えない町のあり方でした。こういう場所で活動しているコミュニティベースのアーティストたちには横浜の黄金町が有名でした。

横道にそれましたが、韓国のオルタナティブ・スペースの強さはお金の集め方や柔軟に場所を移動していくことなど学ぶべきことも多く、このフレキシビリティを活用しつつ、東京に沿った新しい形のオルタナティブ・スペースのようなことができるといいな、というのがAlterspaceのきっかけになりました。
そして更に言うと、韓国のAlternative space=代案空間、ももう代替の手段ではなく、オルタナティブスペースを行う!という限定から脱していないというか、名前が体を表していないと思うこともあり、Alternativeではなく、その空間、その場所自体が変化しつづける、むしろスペースもなくても良い"Alter"な空間をつくりつづけたいな、と思ってこのAlterspaceプロジェクトを始めることにしました。

こういう新しいことを始める瞬間、立ち上がっていく瞬間はわくわくして本当におもしろいのですが、これを現実に落とせるかどうか、相談したのがLee Daeil というアーティストで、彼に空間を任せることにしました。

2013-01-10

Incheon Art Platformー韓国のレジデンスについて


スペインから来ていたアーティストKarla & Andresのスタジオ(IAPにて)

私が滞在していたインチョンアートプラットフォーム(IAP)は、インチョン(仁川)空港のある仁川市内にあり、ソウルの中心地からはだいたい1時間くらいの場所にあります。
港町で中華街があり、元倉庫だったレンガ造りの建物をアーティストのスタジオや展示スペースにしているというあたり、日本の横浜との類似点もよく指摘されます。歴史的には日本が支配していた時代の面影が色濃く残る町でもあります。

もともとは港町で労働の町ですが、現在は産業都市として都市開発が進み、ニュータウンや工場ができ、電車の拡張も進む2013年・・・でした。仁川についての詳細はspace beamの紹介や、Kim Soohwanというアーティストの紹介とともに別の機会に行いたいと思います。

IAPにはキュレーターの枠で、韓国のオルタナティブ・スペースやアーティストのリサーチを目的として個人で応募して受け入れてもらいました。これは夏に滞在していたGyeonggi Creation Centerもおんなじで、個人枠です。最近ではキュレーターが個人で応募できる枠のあるアーティストインレジデンスも増えてきて、インディペンデントに活動する私としては身動きがしやすくありがたいです。組織に属していないとリサーチといってもなかなか怪しい日本人(誰も知らないところでネットワーク作るのって誰でも難しいですよね)・・・なので、IAPにリサーチで滞在しているのでインタビューさせてくださいとアポイントもとれるし、名刺も作ってくれたり、何よりアーティストのスタジオがまとまってある場所に滞在できるわけなので自然と親しい人も増えます。韓国はソウル市内外あわせ、かなりのレジデンスがあります。韓国のソウル近辺レジデンスについてはまた後日情報を流そうと思いますが、アーティストの方でレジデンスを探している方はResArtisTransArtistsのサイトなどに応募情報が掲載されているので参考にしてみてください。
コミュニケーションは基本、英語ですし、書類も全部英語でしたが、到着すると英語ができる人なんて日本語ができる人と同じくらい少なくて、韓国語を勉強すべきだった・・・と思ったことも。ただし、日本語ができる人も結構いるので、通訳をお願いしたりしました。

さて、私がなぜ、K−Pop好きでも韓流ドラマ好きでも何でも無いのに韓国に行ったのかというと、あまりにも知らないことに愕然としたという所から始まっています。東アジアの歴史も隣国との関係も、さまざまな観点で知識としては知っている部分もありましたが、圧倒的に知らない。西欧の文化や言語は知っているのに、ハングルを読もうと思ったことも無かった・・・、ということを認識し、これからアートの仕事を続けるに当たって、もっと学びたいし海外にも軸があったらいいなと思い、偶然か必然か滞在していました。
また、韓国のレジデンスの間口が広いというのも、それから大きな声では言えませんが英語圏の英語に怯む私もアジア圏の英語なら堂々と!コミュニケーションとれ、海外生活の経験が無い私にとっては自信にもなりました。ははは。
そして現代アートや社会の流れが東アジアとの関係に向いてきたので、いろいろなポイントで立ち止まって考えています。

韓国のアートについては、まだまだ片足を踏み入れただけで無知な部分もありますが、実際に見て、人と会わないと、私の場合は前に進めない性格・・・、というかやはり共感や経験から発信するしかできないので、また機会があればレジデンスに行きたいです。

関係ないけど、IAP近所の家庭的食堂のカキビビンパ。
8000KRWくらいでおいしかったし、お世話になった・・・

2013-01-08

韓国にて

時系列でまとめておくのも自分の頭の整理に役立つだろう、そしてこの一見よくわからない仕事に意義を与えるだろうと思い、日記形式で記しておきます。2013年は始まってすぐに韓国に滞在していたので、その辺りから思いつく限り書きたいと思います。

韓国にはインチョン・アート・プラットフォームというところに滞在していました。2012年の夏にGyeonngi Creation Centerに短期で滞在しており、これが二度目となります。
二度の滞在での経験をなんとか日本にて情報共有できないかなというのが、アサヒアートスクエアに提出したAlterspaceの企画にも繋がっています。
ちょっと恥ずかしくもあるのですが、一応触れるとたまたま聞いたラジオでドラッカーの
Management Challenges for the 21st Century という本(日本語だと「明日を支配するもの」らしい)について話しているのを偶然聞いたことにも結びつきます。その本のなかではパラレルキャリアっていう、まあ簡単に言うとサラリーマンも副業を持てよって話をドラッカーは進めてるわけです。そのなかで「自分の持っている情報は社会に還元していこう」みたいなことを言っているらしく、まあ普通のことなんだけど、そういう意識が低い自分にとっては妙に納得するな、という感覚がありました。というか、自分がわざわざ韓国にまできて、夏はど田舎で二ヶ月ほど生活し、かなりのアーティストに会ったり、Litmusという濃いオルタナティブ・スペースの人としょっちゅう遊んだりしていたんだけど、それを日本でどう共有すればいいんだ?というのは答えが見えておらず、冬の韓国滞在の課題にしようと思ったわけです。

インチョン・アート・プラットフォームの夕暮れ